План Чтения Библии
1月 18


創世記 1:1-31
1. はじめに神は天と地とを創造された。
2. 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
3. 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
4. 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
5. 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
6. 神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。
7. そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。
8. 神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。
9. 神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。
10. 神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。
11. 神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。
12. 地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。
13. 夕となり、また朝となった。第三日である。
14. 神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、
15. 天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。
16. 神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。
17. 神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、
18. 昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。
19. 夕となり、また朝となった。第四日である。
20. 神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。
21. 神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。
22. 神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。
23. 夕となり、また朝となった。第五日である。
24. 神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。
25. 神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。
26. 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。
27. 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。
28. 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。
29. 神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。
30. また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。
31. 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

創世記 2:1-25
1. こうして天と地と、その万象とが完成した。
2. 神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。
3. 神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。
4. これが天地創造の由来である。主なる神が地と天とを造られた時、
5. 地にはまだ野の木もなく、また野の草もはえていなかった。主なる神が地に雨を降らせず、また土を耕す人もなかったからである。
6. しかし地から泉がわきあがって土の全面を潤していた。
7. 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。
8. 主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。
9. また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。
10. また一つの川がエデンから流れ出て園を潤し、そこから分れて四つの川となった。
11. その第一の名はピソンといい、金のあるハビラの全地をめぐるもので、
12. その地の金は良く、またそこはブドラクと、しまめのうとを産した。
13. 第二の川の名はギホンといい、クシの全地をめぐるもの。
14. 第三の川の名はヒデケルといい、アッスリヤの東を流れるもの。第四の川はユフラテである。
15. 主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。
16. 主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。
17. しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。
18. また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。
19. そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった。
20. それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。
21. そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。
22. 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。
23. そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。
24. それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。
25. 人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。

詩篇 1:1-6
1. 悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。
2. このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。
3. このような人は流れのほとりに植えられた木の時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。
4. 悪しき者はそうでない、風の吹き去るもみがらのようだ。
5. それゆえ、悪しき者はさばきに耐えない。罪びとは正しい者のつどいに立つことができない。主は正しい者の道を知られる。しかし、悪しき者の道は滅びる。
6. 主は正しい者の道を知られる。しかし、悪しき者の道は滅びる。

箴言 1:1-7
1. ダビデの子、イスラエルの王ソロモンの箴言。
2. これは人に知恵と教訓とを知らせ、悟りの言葉をさとらせ、
3. 賢い行いと、正義と公正と公平の教訓をうけさせ、
4. 思慮のない者に悟りを与え、若い者に知識と慎みを得させるためである。
5. 賢い者はこれを聞いて学に進み、さとい者は指導を得る。
6. 人はこれによって箴言と、たとえと、賢い者の言葉と、そのなぞとを悟る。
7. 主を恐れることは知識のはじめである、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。

マタイの福音書 1:1-25
1. アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図。
2. アブラハムはイサクの父であり、イサクはヤコブの父、ヤコブはユダとその兄弟たちとの父、
3. ユダはタマルによるパレスとザラとの父、パレスはエスロンの父、エスロンはアラムの父、
4. アラムはアミナダブの父、アミナダブはナアソンの父、ナアソンはサルモンの父、
5. サルモンはラハブによるボアズの父、ボアズはルツによるオベデの父、オベデはエッサイの父、
6. エッサイはダビデ王の父であった。ダビデはウリヤの妻によるソロモンの父であり、
7. ソロモンはレハベアムの父、レハベアムはアビヤの父、アビヤはアサの父、
8. アサはヨサパテの父、ヨサパテはヨラムの父、ヨラムはウジヤの父、
9. ウジヤはヨタムの父、ヨタムはアハズの父、アハズはヒゼキヤの父、
10. ヒゼキヤはマナセの父、マナセはアモンの父、アモンはヨシヤの父、
11. ヨシヤはバビロンへ移されたころ、エコニヤとその兄弟たちとの父となった。
12. バビロンへ移されたのち、エコニヤはサラテルの父となった。サラテルはゾロバベルの父、
13. ゾロバベルはアビウデの父、アビウデはエリヤキムの父、エリヤキムはアゾルの父、
14. アゾルはサドクの父、サドクはアキムの父、アキムはエリウデの父、
15. エリウデはエレアザルの父、エレアザルはマタンの父、マタンはヤコブの父、
16. ヤコブはマリヤの夫ヨセフの父であった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお生れになった。
17. だから、アブラハムからダビデまでの代は合わせて十四代、ダビデからバビロンへ移されるまでは十四代、そして、バビロンへ移されてからキリストまでは十四代である。
18. イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。
19. 夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。
20. 彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。
21. 彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。
22. すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。すなわち、
23. 「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。
24. ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。
25. しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。